ある日突然、見知らぬ業者から「貴社の従業員〇〇様が、本日付けで退職されます」という一本の電話が…。
驚きや戸惑いはもちろん、「なぜ直接言ってこないんだ」という怒りを感じる担当者の方も少なくないでしょう。
しかし、このような状況で最も重要なのは、感情的にならず、法的なリスクを避けて正しく対応することです。
従業員が退職代行という手段を選んだのには、それ相応の切実な理由が隠されています。
この記事では、退職代行を使われた企業が取るべき具体的な対応フローから、絶対にやってはいけないNG行動、そして従業員がそうした選択に至った背景までを徹底的に解説します。
なぜ従業員は退職代行を選んだのか?まず知るべき3つの背景
退職代行サービスの利用が増えている裏には、従業員側にも切実な理由があります。
会社として適切に対応するために、まずは「なぜ社員は退職代行を使うのか?」という背景を理解しておきましょう。
背景①: パワハラなど、直接「辞める」と言えない人間関係
上司からのパワハラや過度な叱責、職場の雰囲気の悪さなどにより、本人が直接「退職したいです」と言い出せないケースがあります。
上司に切り出すこと自体が大きなストレスとなり「自分で言うくらいなら第三者に代わりに伝えてほしい…」と考えて退職代行を利用するのです。
背景②: 強い引き留めや脅しで退職の意思を聞き入れてもらえない
人手不足の職場などでは、退職を申し出ても上司がなかなか認めてくれず、長時間の説得や「今辞められたら困る」「迷惑がかかるぞ」といった強い引き留めにあうことがあります。
あるいは「辞めるなんて許さない」といった半ば脅しのような対応で退職の意思自体を封殺されてしまうケースも…。
そうした退職の意思を聞き入れてもらえない状況を避けるため、最初から退職代行サービスを通じて意思を伝える従業員も少なくありません。
背景③: 心身の不調で、会社と連絡を取る気力がない
仕事のストレスや長時間労働が原因でメンタル不調に陥り、「もう会社と直接やり取りする気力がない…」という従業員もいます。
特にうつ症状などで出勤自体が困難になっている場合、上司に電話したり辞意を伝える行為そのものが大きな負担です。
そのため、精神的・肉体的な限界を感じて退職代行に依頼し、代理で手続きを進めてもらうケースがあります。
補足: 上記の背景からも分かるように、退職代行を利用するのは単に「楽をしたい」ためではなく、職場環境やメンタル面の問題が大きく影響しています。
会社としては、普段から従業員が安心して退職の相談をできるような環境づくりをしておくことも大切です(ハラスメント対策や日頃のコミュニケーション改善など)。
【実践】退職代行から連絡が来た後の4ステップ対応フロー
いざ社員から退職代行を使われて連絡が来たら、会社としては驚きつつも迅速かつ慎重に対応する必要があります。
以下では、退職代行サービスから連絡が来てから手続き完了までの基本4ステップの対応フローを解説します。
ポイントは 「慌てず、冷静に、事務的に」 対応することです。
ステップ1: 連絡内容の確認【業者の身元と退職の意思を確認】
まずは退職代行業者からの連絡内容を落ち着いて確認しましょう。
電話やメールで「○○さん(従業員)から依頼を受けました。退職のご連絡です…」といったコンタクトが来るはずです。
その際に以下の点をチェックします。
- 退職代行業者の身元確認: 退職代行業者の身元を確認し、弁護士や労働組合か民間企業かを見極めましょう。法的交渉権限があるのは弁護士や労働組合のみで、民間業者は退職の意思を伝えるだけです。業者名や担当者名、連絡先を確認し、安易に手続きを進めないことが大切です。
- 従業員本人からの依頼か確認: 退職代行業者からの連絡が本人の依頼によるものか確認しましょう。本人確認のために「本当に本人からの依頼ですか?」と尋ね、必要に応じて社員証や身分証のコピー提出を求めることも検討します。
- 退職の意思の再確認:退職代行業者を通じて「ご本人の退職の意思に間違いありませんか?」と再確認しましょう。形式的な手続きですが、後のトラブルを防ぐために重要です。
なお、この段階で本人に直接連絡を取るのは基本NGです。
退職代行業者から「本人やご家族へ直接連絡しないでください」と釘を刺されるケースがほとんどで、実際、退職代行を使うような状況になった後で会社からの電話やメールに本人が応じることは稀です。
「直接本人に連絡しない」というのはトラブル回避の大前提と心得てください。
ステップ2: 退職条件のすり合わせ【退職日・有給消化など】
退職代行業者からの連絡で退職の意思が確認できたら、速やかに退職手続きに向けた具体的な話し合いに移ります。
ここでは退職日や有給休暇の消化など、退職条件のすり合わせを行いましょう。
- 退職日を決定する: 退職日は法律上、正社員なら意思表示から2週間で成立するため、会社は拒否できません。多くのケースで即日退職や有給消化を希望するため、残日数に応じて調整し、希望を尊重しつつ退職日を決定することが重要です。
- 有給休暇の扱い: 有給休暇が残っている場合、本人から「すべて消化して退職したい」と希望されることがあります。業務引き継ぎの難しさや買取制限もあるため、基本的には有給消化を認める対応が望ましいです。
- 退職代行業者との窓口調整: 退職日や有給消化の合意内容は、退職代行業者と書面でやり取りし記録を残しましょう。民間業者に交渉権限はなく、違法行為の恐れがあるため応じる必要はありません。弁護士や労働組合が相手の場合は、法令に沿って適切に対応しましょう。
- 未払い給与・退職金の確認: 未払い給与や退職金の有無を確認し、社内で精算状況を整理して不足があれば正確に支払いましょう。退職代行の利用に関係なく、支給条件を満たせば退職金の支払いは必要です。金額や支払時期は退職代行業者を通じて案内し、合意を得ておくと安心です。
ステップ3: 退職届の受理と必要書類の案内
退職条件のすり合わせができたら、正式な退職手続きに移ります。
まず欠かせないのが「退職届」の提出と受理です。
- 退職届を提出してもらう: 退職の意思表示は受けていても、正式な退職届は本人の署名捺印が必要です。退職代行業者を通じて郵送を依頼し、届いた書類は受理・決裁のうえ社内で保管しましょう。必要に応じて退職合意書の準備も行います。
- 必要書類の案内: 次に、退職に際して会社が発行すべき書類や返却してほしい物の案内を行います。退職代行業者とのやり取りの中で、以下のような項目を確認・共有しましょう。
- 会社の貸与品の有無: 社員証、制服、社用PC・携帯、健康保険証など会社から貸与している物品があるかリストアップし、それらの返却方法を伝えます。
- 会社に残っている本人の私物: オフィスのロッカーやデスクに本人の私物が残っていないか確認します。残っている場合、その取り扱い(処分か返送か)について希望を聞きます。
- 会社が発行すべき書類: 離職票、源泉徴収票、社会保険の資格喪失証明、退職証明書など、退職にあたって会社が用意する書類を案内します。「後日郵送しますのでご安心ください」と伝え、送付先住所の確認も忘れずに行います。
- 有給休暇・退職金の扱い: 有給消化の結果や退職金の支給有無についても、改めて本人に説明する書類が必要なら案内します。例えば有給残日数と消化日程の確認書や退職金明細などです。
これらの項目について、退職代行業者経由で会社側の対応予定を伝えると同時に、相手からも希望を聞き出す形で情報共有します。
ステップ4: 貸与品の返却と私物の引き渡し
最後に、退職日までに完了させるべき実務処理です。
退職届も受理し退職日が決定したら、退職処理の仕上げに取り掛かりましょう。
- 会社貸与品の回収: 社員に貸与していたPCや制服、携帯電話、健康保険証などは必ず返却してもらいます。退職代行を利用している以上、本人が会社に直接持参する可能性は低いので、宅配便での返送をお願いする形が一般的です。退職代行業者を通じて「◯月◯日までに着払いで返送してください」と伝える、あるいは会社から返送用の伝票やボックスを郵送するなどして確実に回収しましょう。
- 会社に残った私物の返却: オフィスに本人の私物(デスクの引き出しの私物や更衣室の荷物など)が残っている場合は、処分方法を確認します。「処分してください」なのか「送ってほしい」のかを退職代行経由で本人に尋ね、必要であれば会社側で荷物をまとめて着払い郵送します。勝手に捨ててしまうとトラブルの元なので、必ず確認を取りましょう。
- 各種書類の発行・送付: 退職後は速やかに離職票や源泉徴収票を発行し、本人に郵送しましょう。離職票は失業給付に必要で、源泉徴収票は確定申告や次の就職先で使われます。発行は会社の義務であり、忘れず対応することが退職処理完了の重要なポイントです。
以上が基本的な対応フローの4ステップです。
突然の退職代行の連絡に戸惑うかもしれませんが、冷静に手続きを進めることで会社側のダメージも最小限に抑えられます。
法的リスクも!退職代行を使われた企業が絶対にやってはいけないNG対応5選
退職代行を使われた場合、会社側としてやってはいけない対応もあります。
下手な対応をすると法的トラブルに発展したり、会社にとって不利益となる可能性が高いです。
ここでは企業側が絶対避けるべきNG対応を5つ紹介します。
- NG①: 本人や家族(実家)への直接連絡 – 退職代行利用時は本人や家族への直接連絡を避けましょう。業者からも「直接連絡しないで」と依頼されるため、無視して連絡するとトラブルやハラスメントとみなされ会社のイメージダウンにつながります。本人は会社から距離を置きたいので、直接連絡は絶対にやめましょう。
- NG②: 「訴える」「懲戒解雇だ」などの脅迫的な言動 – 退職代行を使ったことを理由に「訴える」「懲戒解雇にする」などの脅迫は厳禁です。退職の自由は法律で保障されており、こうした威嚇は無効であり逆に会社のリスクを高めます。感情的にならず、冷静に手続きを進めることが大切です。
- NG③: 正当な理由なき退職の拒否 – 退職代行を理由に退職を拒否し、出社を強要するのは違法で無意味です。法律では正社員は2週間の予告で退職可能で、拒否しても退職は成立します。無視や引き延ばしは会社に不利益をもたらすため、速やかに退職を認めて手続きを進めることが賢明です。
- NG④: 離職票など必要書類の発行拒否 – 離職票や源泉徴収票などの必要書類を正当な理由なく発行拒否するのは違法です。退職代行の利用有無に関わらず、会社は速やかにこれらの書類を発行・郵送しなければなりません。発行拒否は企業イメージを損ない、労基署から是正指導を受けるリスクもあるため避けましょう。
- NG⑤: 給与や退職金の意図的な未払い – 退職代行を使われたからといって、給与や退職金を意図的に未払いにするのは違法です。働いた分の給与は必ず支払い、退職金も支給条件を満たせば支払う義務があります。未払いがあれば労基署や弁護士から指導や法的措置が入るリスクがあるため、正しく対応しましょう。
以上、退職代行を使われた際に会社が取るべき対応フローと注意点を解説しました。
「バックレ(無断退職)されるよりはマシ」と前向きに捉え、退職代行業者を退職手続きをスムーズに進めてくれる代理人くらいに考えて対応するのが得策です。
感情的にならず冷静に対処することで、法的リスクを回避しつつ会社へのダメージも最小限に留められるでしょう。
今後も若い世代を中心に退職代行の利用は増えるとも言われています。
万が一連絡を受けても慌てず対応できるよう、本記事の内容を参考にしてください。
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